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大原智子

大原 智子
ブランドデザイン

「あがるアシタをつくりたい!」

はじめまして!
あげる株式会社 大原智子です。
弊社は「あがるアシタをつくる」をミッションに、ブランディングデザインのほか、
事務代行など、企業のアシタが今日より強く、ステージアップしていくためのパートナーとして活動しています。

ブランディングデザインとは、企業や人、商品、サービスが持つ唯一無二の「ウリ」(価値)を、とことん引き出してコンセプトを作り、表現していくこと。
ブランドができたら経営者にはバックオフィス業務は人に任せてフロントでどんどん活躍していただきたい…そんな思いから一気通貫で長くお付き合いができる仕組みを実現させました。
「ありあまるエネルギー」

小さい頃から怖がりのくせに色々なことに憧れを持って首を突っ込みたい子どもだったと聞いています。「あれも欲しい」「あれもやってみたい」と熱しやすく冷めやすい落ち着かない子供だったことを覚えています。
子供時代は転勤族の父の影響で数回の転校、近い距離感で大人も子供もたくさんいる社宅育ちだった私は、子ども同士の縦社会にも自然と慣らされていました。初めましてから始まる処世術もこんな経験から自然に身についていたのかもしれません。
中学から高校までは、相変わらずの「あれも欲しい」「あれもやってみたい」が今まで以上に発動。そして親も学校も先生も「敵」くらいのエネルギー。
今思えば、なんであんなに周りの大人が引いてくれるレールから外れることばかりやっていたのでしょう…
門限が厳しくて、しょっちゅう渋谷の街を駅に向かってダッシュしていたことも良い思い出です。

大学時代、世の中はバブル絶頂期。二十歳になると様々な束縛からも解放されて自由を手に入れ、毎日が楽しくてしょうがなかった私は、今後の人生に影響するようなことをたくさん経験しました。
その一つが、父に言われた「成人式に着物を着る分のお金で、海外にホームステイに行くのもいいんじゃない?」の一言でした。成人式の式典にも、着物を着ての記念写真にも全く興味のなかった私は、二つ返事で夏休みのイギリス行きを決めました。
大学で美術史を学んでいたので、美術館、博物館、建築などを見て周りました。ですが、外国の古い芸術文化以上に興味を持ったのは、日本人の私が日本のことを全然知らないことと、世界には多様な文化や習慣があるということでした。
「もっと色々な国を知ってみたい」という思いから、たくさんのアルバイトをしては友人と海外旅行に行きました。その想いから、今でも国内外を旅行することは大切な時間となっています。
これをきっかけに、大学では美術史から転向して非言語コミュニケーションの分野を体系化した学問である「パフォーマンス学」を専攻します。諸外国人と日本人のコミュニケーションの違いや特性などをあらゆる角度から学びました。
卒論のテーマとして取り上げたのは、非言語コミュニケーションの一つである「色」についてでした。色によって、商品の売上が変わったり、人やものの印象が変わったり…世の中には「色」によって仕掛けられたことがたくさんあるのです。

「キャリアストーリー第1章:悩むよりまずは動いてみよう!」

海外を近くに感じたい、そんな思いから就職したのは総合商社。
仕事することはとても好きだったけれど、当時はまだまだ男性社会の縮図のような環境でした。総合職に転向してもっとやりがいのある仕事がしたいなどと思ったりもしましたが、なかなか難しいことでした。
「なにか、習い事でもしようかな…」と軽い気持ちで、大学で学んだ色についてさらに深く学んでみようと思い立ちます。そこで、まだ珍しかったカラーコーディネートの学校に、OLをしながら一年ほど通い、資格を取得します。

OL生活も3年目、これからのキャリアについてはじめて真剣に向き合うタイミングが来ました。カラーコーディネートの資格を活かして転職?独立?
色々と考えながら動いていた矢先、カラーコーディネートの仕事を副業的にするご縁をいただくことになりました。その人に似合うパーソナルカラーをアドバイスして化粧品をお勧めする仕事です。
時間の許す限りやっていく中で、この仕事が世の中に受け入れられていく気配は感じられました。チャンスは逃したくない…その想いから「根拠はないけど自信はある」と自分に言い聞かせ、25歳の私は無謀にも会社を辞めて独立します。
女性起業家なんてかっこいい言葉はまだない時代、ないない尽くしの独立は、結果、フリーターになることだと思いしらされました(笑)

「キャリアストーリー第2章:ダッシュで駆け抜けた20年」

さて、「カラーコンサルタント」などと肩書きの入った名刺をつくってみたものの何をしたら良いのだろう。まずは営業だ!
携帯電話も普及していない時代でしたから、自宅の電話の前に正座して、あちこちに電話をかけ、色々な方のところに会いに行っていました。そのとき会っていただいたみなさんはとても優しく、私に貴重な体験の機会をくださった感謝すべき方々です。
当時のこの業界、日本ではまだ新しく、ルールもなければ仕事も転がっていません。自ら、カラーの仕事自体を企画し提案して作っていくプロデュース的な仕事や、大学時代の塾講師経験を活かした専門学校や大学での講師業もたくさんしてきました。
世の中でのカラーの認知度と共に仕事量は右肩上がりで増え、振り返れば息苦しくなりそうなほど忙しい時間を過ごしています。

私たちの生活空間に色のない世界はありません!なので、仕事の範囲は多岐にわたります。ヒト・モノ・コトといったあらゆる分野に色を通して携わっていくなか、「売れる」にはブランド化が必要だということに気が付きます。
ブランド作りに色は重要なファクターの1つだけれど、それだけでは完成はしません。
「色・形・言葉」が揃ってブランディングデザインが実現できるなら、一人で頑張るのではなくチームで仕事をすればいいのではないかと考え、20年超えの一人会社から次のステージへ進むことを決意します。

「キャリアストーリー第3章:チームでの仕事」

2018年、ビジネスパートナーとタッグを組み、新たに現在の会社を立ち上げることになりました。
クライアント様は中小企業が多く、名刺や封筒、会社案内のパンフレット、HPなどのビジネスツールからロゴや看板、ユニフォームなど会社の顔を作成したり、時にはサービスや商品のブランド化のご相談に乗ったり、場合によっては、広告代理店みたいな仕事もしています。さらに経営者には、自身の仕事に最大限に時間も労力も使っていただきたいという思いから事務代行などのバックオフィス業務も請け負っています。

仕事をする上で特に大切にしていることは、ヒアリング(聴く)に徹すること。ひたすら想いを聴いて、それを表現して、伝えていく。経営者の頭の中を「形」にしていくことこそが私のやりがいです。
私たち「あげる株式会社」のミッション「あがるアシタをつくる」には、クライアント様のよりよいアシタのために「知恵を絞る」「汗をかく」「共に成長する」という想いが込められています。

「セカンドキャリアの支援もしたい」

これまで、仕事を通して本当にたくさんの女性たちと会ってきました。多くの資格や経験を持ち、真面目で優秀な方がたくさん…。
でも、ライフイベントが多い女性たちがセカンドキャリアを考えた時、一人で最初の一歩を踏み出すことは勇気もいるし、難しさもあるかもしれないなと思います。
何かを始めたい、リスタートしたいという女性と仕事をつなげる役割になれたらいいな…と50歳を過ぎてから考えるようになりました。
私のやってきたこと、現在やっていることが、そんな女性たちのビジネスの場と機会の提供に繋がれば嬉しいなと思います。
何歳からだって遅くない、女性たちが元気にやりがいを持って働けるウェルビーイングな社会が理想です。

「チャンスの神様は前髪しかない」

若い頃にメンターから教えてもらった好きな言葉です。仕事をする上で大切にしています。
できる限り「NOは言わない、まずは一度、受け入れてみること」をいつも気持ちの芯に置いています。
チャンスというのは無理やり自分に呼び込めないし、次のステップへの扉は力づくではなかなか開けられないことを経験から学びました。
でも、突然フッと開いたりする。瞬間のチャンスを掴むためにはその時のための準備をしっかりしておくこと、勇気を出してYESを言えるようにしておくことが必要だと思います。

まだまだ続くキャリアストーリー。
次の扉が開くのを楽しみに「あれも欲しい」「あれもやりたい」精神を持ちながら、チャレンジを続け、新しい景色をたくさん見たいと思います。
いつまでも大好きなハイヒールを履いて笑顔で颯爽と扉を抜けて次のステージへ!

事業所概要
事業所名 あげる株式会社
代表者 大原 智子
所在地 〒220-0023 神奈川県横浜市西区平沼1-13-18 フォルテ21-402
電話番号 045-513-3153
FAX番号  
メールアドレス info@ageru.co.jp
ホームページ https://ageru.co.jp/
事業内容
  • ブランドマッピング(サポート付)
  • ブランディングデザイン(DTP制作)
  • イメージブランディング
  • 事務代行  etc.